かつては子供の病気とされていた百日咳が、なぜ今、これほどまでに大人の間で流行し、問題となっているのでしょうか。その背景には、ワクチン接種の歴史と、それによって生じた社会全体の免疫状態の変化が深く関わっています。この理由を理解することは、現代社会における百日咳の危険性を正しく認識する上で非常に重要です。日本の百日咳ワクチン接種の歴史は、その変遷と共に、免疫を持たない世代を生み出してきました。1950年代に百日咳ワクチンの定期接種が始まり、一時は患者数が激減しました。しかし、1970年代に、ワクチンによる副反応が社会問題となり、接種が一時的に中断された時期があります。この時期に生まれた世代は、ワクチンを接種していない可能性が高いです。その後、安全性を高めた新しいワクチン(無細胞ワクチン)が開発され、1981年からDPT三種混合ワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風)として定期接種が再開されました。現在、子供たちは、生後3ヶ月から始まる定期接種で、百日咳の免疫を獲得しています。しかし、ここにもう一つの問題が潜んでいます。それは、「ワクチンの効果は永続的ではない」ということです。子供の頃に受けたワクチンによって獲得した免疫は、残念ながら年齢と共に徐々に減衰していきます。一般的に、その効果は5年から10年程度で弱まってしまうとされています。つまり、最後にワクチンを接種したのが小学生の頃だとすると、20代、30代になる頃には、百日咳菌に対する十分な免疫力は失われている可能性が高いのです。また、自然に百日咳にかかった場合でも、その免疫は永続的ではありません。つまり、現在の日本の大人の多くは、子供の頃のワクチン効果が切れ、百日咳菌に対して無防備な「易感染者(かかりやすい人)」の状態にあるのです。このような免疫を持たない大人が増えた社会で、百日咳菌が一度持ち込まれると、オフィスや家庭内といった閉鎖された空間で、容易に集団感染が発生します。大人の百日咳が増えているのは、決して特別な現象ではなく、ワクチンによって作られた社会の免疫の穴が、時間と共に露呈してきた、必然の結果と言えるのです。
なぜ今、大人の百日咳が増えているのか?その背景と理由