下の歯の本数について語る際、最も個人差が出るのが親知らず、すなわち第3大臼歯の存在です。人類の長い歴史を振り返ると、かつて原始時代の人々の下の歯は、親知らずを含めた16本が綺麗に並んでいるのが当たり前でした。当時は硬い木の実や生の肉などを主食としていたため、顎の骨が非常に逞しく発達しており、32本の歯全てを使い切る必要があったからです。しかし、文明の発展とともに調理技術が進化し、柔らかい食べ物が増えるにつれて、現代人の顎は徐々に小型化してきました。その結果、一番最後に生えてくる下の親知らずが収まるスペースがなくなり、本数に個人差が生じるようになったのです。現代において、下の親知らずが上下左右4本全て生え揃う人は稀で、生まれつき欠損している人や、骨の中に埋まったまま出てこない「埋伏歯」となっている人が非常に多くなっています。そのため、口の中で見える下の歯の本数が14本の人もいれば、15本、16本の人もいるという多様性が生まれています。下の親知らずが中途半端に生えている場合、そこから炎症が起きる「智歯周囲炎」を引き起こしやすいため、予防的に抜歯することもあります。この場合、処置後の下の歯の本数は14本になります。また、歯並びを整えるための矯正治療で、スペースを作るために下の第1小臼歯を左右1本ずつ抜くことも一般的です。その場合の健康な噛み合わせを構成する下の歯の本数は12本(親知らずを除く)となります。つまり、歯の本数は「多ければ良い」というわけではなく、限られた顎のスペースの中で、いかに上下の歯が正しく噛み合い、効率的に咀嚼できているかが重要なのです。たとえ抜歯によって下の歯の本数が少なくなったとしても、適切な歯科治療によって機能的な咬合関係が構築されていれば、健康に全く支障はありません。逆に、無理に本数を維持しようとして親知らずを放置し、隣の健康な第2大臼歯を虫歯にしてしまうような事態は避けるべきです。自分が今、親知らずを含めて下の歯が何本あるのか、そしてその本数は自分の顎のサイズにとって適正なのかを知ることは、現代の歯科医療において非常に重要なテーマです。進化の過程で変わりゆく歯の本数と、自分自身の体の特性を理解し、専門家のアドバイスを受けながら最適な本数バランスを維持していくことが、一生美味しく食べ、元気に話すための秘訣です。本数という数字に一喜一憂するのではなく、残された下の歯1本1本が持つ重みを理解し、それを大切に守り抜く知恵を持つことが、これからの時代を生きる私たちに求められる口腔リテラシーと言えるでしょう。