腱鞘炎は、手をよく使う人なら誰でも発症する可能性がありますが、統計的に見ると、明らかに男性よりも女性に多く見られるという特徴があります。特に、「妊娠・出産期」と「更年期」の女性に発症が集中しています。これは、単に育児や家事などで手を使う機会が多いという理由だけでなく、女性特有の「ホルモンバランスの変動」が、腱鞘炎の発症に深く関わっているためです- 。女性の体では、主に「エストロゲン(卵胞ホルモン)」と「プロゲステロン(黄体ホルモン)」という二つの女性ホルモンが、月経周期などに合わせて分泌量を変動させています。このうち、エストロゲンには、関節や腱の周りにある滑膜の腫れを抑え、炎症を抑制する働きがあると考えられています。また、プロゲステロンには、腱や腱鞘を滑らかに動かすための、潤滑油のような役割を果たす滑液の分泌を促す作用があると言われています。しかし、妊娠・出産期や更年期には、このホルモンバランスが大きく乱れます。まず、妊娠後期から授乳期にかけては、出産のために骨盤の関節を緩める「リラキシン」というホルモンが分泌されますが、このホルモンは全身の関節や腱も緩めてしまうため、手首などの関節が不安定になり、腱鞘炎を起こしやすくなります。さらに、出産後はエストロゲンの分泌量が急激に減少し、炎症を抑える働きが弱まります。そこに、慣れない赤ちゃんのお世話(抱っこや授乳)による手首への負担が重なることで、「ドケルバン病」に代表される、産後の腱鞘炎が非常に起こりやすくなるのです。一方、更年期(一般的に45歳〜55歳頃)になると、卵巣機能の低下に伴い、エストロゲンの分泌量が恒常的に減少します。これにより、腱や腱鞘がむくみやすくなったり、炎症が起きやすくなったりします。関節の潤滑も悪くなるため、指の付け根に痛みや引っかかりが出る「ばね指」などが、この時期の女性に多発するのです。このように、女性の腱鞘炎は、単なる使いすぎだけでなく、ホルモンバランスという、自分ではコントロールしにくい内的要因が大きく影響しています。痛みを我慢せず、婦人科とも連携できる整形外科医に相談することが、適切な治療への第一歩となります。